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最高裁判所第三小法廷 昭和59年(オ)454号 判決 1990年10月02日

上告人 公立学校共済組合

右代表者理事長 加戸守行

上告人 財団法人大分県教職員互助会

右代表者理事 手島誠一

右両名訴訟代理人弁護士 小野孝徳 吉永清人破産管財人被上告人 中山敬三

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人小野孝徳の上告理由第一について

地方公務員共済組合(以下「組合」という。)の組合員(組合員であった者を含む。)の給与支給機関が、給与(退職手当を含む。)を支給する際、地方公務員等共済組合法(以下「地公共済法」という。)一一五条二項に基づき、その組合員の給与から貸付金の金額に相当する金額を控除して、これを組合員に代わって組合に払い込んだ行為は、組合員が破産宣告を受けた場合において、破産法七二条二号の否認の対象となるものと解するのが相当である。すなわち、地公共済法一一五条二項の規定は、組合員から貸付金等を確実に回収し、もって組合の財源を確保する目的で設けられたものであり、給与の直接払の原則及び全額払の原則(地方公務員法二五条二項)との関係を考慮して、右の払込方法を法定したものと解される。そして、右払込が他の債権に対して優先する旨の規定を欠くことや、「組合員に代わって」組合に払い込まなければならないとしている地公共済法一一五条二項の文言に照らしてみれば、組合において、破産手続上、他の一般破産債権に優先して組合員に対する貸付金債権の弁済を受けうることを同項が規定したものと解することはできず、この払込は、組合に対する組合員の債務の弁済を代行するものにほかならないと解されるからである。以上と同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

同第二について

退職者に対し退職手当が支払われることにより、退職手当債権は消滅し、既に支払われた退職手当相当の金員については、債権に対する一部差押禁止を定める民事執行法一五二条二項の規定の適用はないというべきである。したがって、退職者がその後破産宣告を受けた場合には、退職手当相当の金員は破産財団を構成し、退職者が退職手当をもって債務の弁済に充てていたときは、その弁済は破産法七二条二号の否認の対象となるものと解するのが相当である。そして、右弁済が、地公共済法一一五条二項に基づき、破産者の退職手当から控除して払い込まれることによってなされた場合、その行為が否認の対象となることはさきに説示したとおりであり、右退職手当の四分の三に相当する部分についても否認の対象となりうるものというべきである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

同第三について

職員の共済制度に関する大分県条例(昭和三四年同県条例第九号)八条二項は、公立学校共済組合大分支部等に加入している同県の地方公務員において組織する互助会の会員(会員であった者を含む。)が互助会に支払わなければならない貸付金があるときは、給与(退職手当を含む。)から控除して、会員に代わって払い込むものとしている。そして、会員が破産宣告を受けたときに、右の払込が否認の対象となるものと解すべきことは、地公共済法一一五条二項の規定についてさきに説示したところと同様である。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よって民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

上告代理人小野孝徳の上告理由

第一、原判決は、地方公務員等共済組合法(以下地共法と略称)一一五条二項の解釈につき、判決に及ぼすべき誤りがある。

(1)  原判決は、地共法一一五条二項の規定は、単に徴収の便宜のための規定であり、この規定に基づき給与支給機関がなした控除、納入は、組合員であった破産者訴外吉永の行為と同視すべき行為である、と判示している。

地共法一一五条二項は、組合員が組合に対して支払うべき掛金につき、同条二項は、組合員が組合に対して支払うべき掛金及び掛金以外の金額につき、いずれも、給与支給機関は、組合員の給料その他の給与から掛金等に「相当する金額を控除して、これを組合員に代って組合に払い込まなければならない」とし、給与支給機関が組合員に対する給与を支給する際の控除、払い込みに関しては「掛金」の場合も「掛金以外の金額」の場合も区別していない。このことは、地共法に基く共済組合(以下組合と略称)の事業に要する費用は、組合員の掛金と地方公共団体の負担金によって成立するものであり、組合員からの掛金の徴収確保が重要であることは勿論であるが、掛金以外の未償還金等の回収の重要なことは、福祉事業の一環である組合の組合員に対する貸付事業が、社会保険である長期給付にかかわる責任準備金を運用し、将来の年金給付に当てられるべきもので貸付事業と年金給付は経済的に一体の関係にあるからである。そのため、組合の組合員に対する貸付金の回収は重大であり、その回収確保のため、貸付金の未償還金の回収を含む「掛金以外の金額」の徴収についても「掛金」と同等の控除払い込みを法定しているところである。

組合と同様に年金給付を行う社会保険の一である厚生年金保険事業においては、組合の掛金に相当する保険料の徴収につき、厚生年金保険法八四条一項により事業主が組合員に相当する被保険者に支払うべき報酬から控除することができる旨の規定があり、更に、同法八九条に保険料その他の徴収金の徴収につき国税徴収の例によることを認め、保険料等の徴収の確保手段としている。

組合の掛金等については、地共法一一五条一、二項による源泉控除を認めているが、国税徴収の例による強制徴収の規定はない。これは、組合の掛金等の場合は源泉控除、払い込み納入者である給与支給機関が公共機関であり、控除金の納入につき延滞、不履行の慮れが全くないため、国税徴収の例を援用する余地がないので、国税徴収の例による規定に代えて源泉控除者である給与支給機関に対し「組合員に代って組合に払い込まなければならない」とする義務を課すだけとしたのである。「組合の掛金等」と「厚生年金の保険料」との徴収についての規定において両者は源泉控除の規定が存する点においては一致するが、給与支給者からの強制徴収手段の有無についての規定を異にするのは給与支給者の納入義務についての信頼度の差異によるものである。「組合の掛金等」と「厚生年金の保険料」はともに国民のために不可欠の社会年金事業の維持に占める役割りの重要性に鑑み、その徴収確保の最終段階における法的制度を異にしているだけの理由により、両者の役割りと徴収の必要性に強弱差異を認めるべきものではない。「組合の掛金等」の徴収確保についての地共法一一五条一、二項の「掛金等に相当する金額を控除して、これを組合員に代って組合に払い込まなければならない」との規定は、国税徴収の例により保護されるべきものと同じ程度に徴収の保護が達せらるべきことを目的とした規定であり、控除者である給与支給機関の恣意を許さないものであって、「組合員に代って」との文言を使用しているが単なる徴収の便宜のための組合員についての代行行為ではない。従って給与支給機関の控除、組合員に代っての組合への払い込みは組合員の行為又はこれと同視すべき行為とみるべきではなく、給与支給機関の独自の行為である。

右を、破産法と関連で考えるとき、給与支給機関である大分県知事が組合員であった訴外吉永清人の退職手当金から本件の未償還金を控除し、組合に払い込んだ行為は、地共法一一五条二項に基づく大分県知事の独自の行為であり破産者となった訴外吉永清人の行為又は同視すべき行為と解すべきではないから、破産法七二条二項の破産者の行為に該当しないので、否認の対象とはならず、否認さるべき行為として否認を認めた原判決は不当である。

(2)  原判決は地共法一一五条二項は、他の債権者に優先して弁済を受ける権利を付する規定ではない旨を判示している。地共法一一五条二項は、同条一項とともに、給与支給機関に対し、給与を支給する際に、組合員に支給する給与から掛金その他の債務金を控除して、その金額を組合に払い込むことを義務づけたもので掛金等の回収確保のための規定であり、ひいては組合の事業の安定、資産の維持確保のための規定である。組合の組合員に対する貸付は、福祉事業の一であり、長期給付の年金支払等のための資金運用の一環として重要なものであるが、組合が組合員に対する貸付に際しては、給与支給機関より組合員に対して将来支給が予定されている給料、退職手当金等の給与が実質的な返済の担保とされるものであり、その実質的な担保となり得る手段として地共法一一五条二項が存在し、この条項に従う給与支給機関の控除徴収、払込納入の義務の裏付によって、組合の組合員に対する福祉事業の貸付が助長され円滑に実行されるものである。そして貸付債権は、地共法一一五条二項の控除、払い込み納付により回収弁済されるものである。

この将来の給料、退職手当金等の給与の見返りによる貸付が、積極的に質権の設定等の担保手続をとることなく容易に実行出来るのは、地共法一一五条二項が存在し法的にその回収が確保されているためである。そしてこのことは債務者たる組合員の意思とは無関係に保護され少なくとも組合員の給付を受ける権利は、本来地共法五一条により差押禁止となっているにかかわらず、地共法四八条二項により組合債権については給付金からの「控除」を認める特別規定も存在し実質的な相殺を認め、組合の債権保護を計っていることと対比し、消極的に相殺類似の方法により実質的な弁済を受けることを可能とした規定である。

このことは、前述のごとく組合の事業と同種の厚生年金事業の保険料は、その徴収につき国税徴収の例による規定があるため破産の関係においては破産法四七条二号により財団債権となり、破産手続によらずして優先弁済を受けられるものであるが、厚生年金の保険料と年金制度上同等に保護さるべき組合の掛金等が、公共機関を控除、払い込み義務者とするため徴収につき国税徴収の例による必要性を欠き、その規定を欠くため、破産手続上一般債権と同等に取扱われ、何らの優先権がないとすれば余りにも不公平である。それ故に少なくとも破産手続上においても消極的な相殺的方法による保護する規定と解すべきである。

第二、原判決は、退職手当金債権について、民事執行法一五二条二項により、その給付の四分の三に相当する部分は差押え禁止となることは認めているが、退職手当金が地共法一一五条二項により控除金が上告人らの口座に入金されたときに、民事執行法一五二条二項の適用がなくなる旨を判示している。

原判決は、給与支払機関(大分県知事)が組合員たる訴外吉永を代理して上告人らに弁済したと解した上で右の如く判示しているのであるが、地共法一一五条二項による大分県知事の退職手当金より未償還金の控除、更に控除金の組合に対する払い込み納付は、前記の如く組合員たる訴外吉永の意思に関係なく、大分県知事が法律に基きなされたもので、これを時間的に分析すれば、先ず退職手当金より未償還金相当額の控除がなされ、次にその控除金を組合に払い込み納付すると解される。それで、大分県知事が退職手当金より未償還金相当額を控除した時点は、民事執行法一五二条二項の適用がなくなる上告人の口座への入金(又は組合員に対する支払時)より以前であるから、控除時点においては民事執行法一五二条の適用があり退職手当金の四分の三の部分は差押え禁止の適用があり、従ってその部分は破産財団に属しない自由財産である。

右の如く、控除の時点においては退職手当金の四分の三は自由財産に該当するから、この自由財産の分より控除がなされれば、当然控除金は破産財団に属しないこととなる。本件の場合、退職手当金(公粗公課等を控除した後)の破産財団に属しない四分の三に当る自由財産の部分は金一三、九三八、三五三円で、控除すべき上告人らに対する本件未償還金の合計は、金一一、〇〇六、一七〇円であったから、十分に自由財産の範囲内に止まり、控除は破産財団に属すべき部分の侵害とはならない。

原判決は地共法一一五条二項の控除の時点と、民事執行法一五二条二項の適用がなくなる時点との関連において地共法一一五条二項の控除につき判決に重大なる影響を及ぼす前記の誤りがあり、大分県知事の控除は自由財産よりなされたものであるから、否認の対象とはならないものである。

第三、よって、原判決は取り消されるものである。また、右は地共法一一五条二項について述べたところであるが、大分県昭和三四年条例第九号「職員の共済制度に関する条例」八条二項についても地共法一一五条二項と同様であるから右条例についての原判決の解釈に誤りがあり、判決の結果に影響を及ぼしているのであるから、取り消さるべきである。

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